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2013年4月 3日 (水)

東京大空襲と原子爆弾

Img_0341東京大空襲跡(クリックで拡大)

昭和20年3月10日、日本では「陸軍記念日」として、日本国民の戦争への気運を一層高めるように上層部はいきり立っていました。しかし、米軍が東京大空襲を計画した理由はこの日の東京は強い西風が吹いて延焼効果を高めると言う気象条件を利用したのでした。

9日の夜、飛来した米軍機の大編隊で一旦警戒警報を出したのですが、いつものコースと違うので日本軍は警戒警報の解除をしました。ところがB29の編隊は、日付が変わった時点で約300機が東京の東地区一帯に焼夷弾の投下が始まりました。

各B29爆撃機には、通常攻撃用の装備を外して2倍の6トンの焼夷弾を搭載、極めて低空から投下、その炎は上空15000mまで達したと言われています。

その被害は、死亡:8400人以上 負傷者約5万人、被災者100万人を越えました。この空襲による被害面積は東京市街地の東半分、旧35区の3分の1に及びました。しかし、日本軍の上層部はあくまで本土決戦を叫んでおり、最期の一人まで戦うと豪語していました。この時点ではアメリカの「原子爆弾」はまだ完成しておりませんでした。

アメリカにおける人類最初の「原子爆弾」の実験は1945年7月16日にニューメキシコ州の実験場で行われました。そして人類史上第2発目の「原子爆弾」は8月6日、日本の広島市の上空500mで実戦兵器として使われ、第3弾目が同じ日本の長崎市の空、8月9日でした。


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