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2013年4月20日 (土)

舗装道路で遊ぶ子供たち

Img_0371戦争中に出来た道路は子供たちの遊び場に(クリックで拡大)

昭和時代になって出来た広い舗装道路は軍隊の車両(装甲自動車や戦車など)と路面電車のために整備されたのがほとんどで、戦争が激しくなってくるとほとんど通らなくなり、都会地の下水道の両側は消防車用に建物疎開になって広い子供の遊び場になりました。

特に戦後は軍需工場に荷物を運ぶトラックも激減してもっぱら運動場になり、のびのびと子供たちが遊んでいましたが、食べ物が不足して腹ペコでは思う存分に走り回れなかったようです。

最も身近な遊びに「めんこ」がありました。昔の武者絵や漫画などと並んで、空想科学兵器などを描いた水素爆弾、殺人光線、空飛ぶ戦車などを描いたもの(写真参照)や、野球の選手などに人気がありました。

大正時代から人気があった「べえごま」は、川口市の鋳物工場で作られて復活、スポーツ選手の名前が刻まれて新しいゲームとして拡大して行きます。

大正時代に作られた大小のお皿をつけた「けん玉」は、木製で全国的にお土産品として作られ、「世界一周」や「宇宙遊泳」などの変わり技や、二階から糸を垂らす「ロングロケット」などのスーパーテクニックなども生まれています。

その子供たちも次第に塾通いなどに追われることになります。

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