« 昭和22年から始まった「赤い羽根 共同募金」運動 | トップページ | [コラム]べえごまのルーツをたどる »

2013年4月22日 (月)

[コラム]けん玉遊び

Img_0375けん玉の移り変わり(クリックで拡大)

江戸時代は「拳玉」と言う酒の席の遊びがあったようで丸い玉を投げてお猪口で受けたり、玉に孔をあけておいて鹿の角で受けるようなゲームでした。それが、右の絵のように子供たちが室内で遊ぶ玉と剣を紐で結ぶけん玉遊びになりました。

これが、明治になると腰と脚のバランス感覚を養うのに適していると 小学校で体操の競技科目のひとつになっていました。

大正7年に広島の江草浜次が大小の皿を両側に加え玉を太陽にお皿を月に例えて「日月ボール」と名付け実用新案の申請を出しました。(写真右)

これが けん玉の始まりで、昭和になると全国の小学校で流行、休み時間には校庭で持ち寄っていろいろなルールが考えられるようになります。

全国の観光地でも木工細工としていろいろな色を塗ったり寸法を替えたり、お土産品として売られていました。

玉の方を手で持って剣先を受ける「まわし剣」「振り剣」「宙返り」などの新しい技が、考えられ、現在ではさらに紐の長さを替えたり、手の込んだテクニックも競うコンクールをテレビで放映しています。

« 昭和22年から始まった「赤い羽根 共同募金」運動 | トップページ | [コラム]べえごまのルーツをたどる »

趣味」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/566220/57224268

この記事へのトラックバック一覧です: [コラム]けん玉遊び:

« 昭和22年から始まった「赤い羽根 共同募金」運動 | トップページ | [コラム]べえごまのルーツをたどる »