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2013年3月25日 (月)

撃ちてし止まむ

Img_0323日本劇場に張られた畳100枚分のポスター(クリックて゜拡大)

昭和18年になると戦況はますます厳しくなって掛け声だけが巷に響きわたりました。

上の写真は、有楽町の日本劇場の正面には畳約100枚分に拡大した兵士の姿が張り出されました。

右側は、陸軍省が日本全国に配布した「陸軍記念日(3月10日)」のポスターです。「第38回」と言うことは日露戦争の勝利から引き継いだものです。

ところが、昨日のブログで紹介した米軍の「B25双発爆撃機」16機は1942年に航空母艦に搭載して、日本本土真近かまで近づいて、東京、横浜、名古屋、神戸などに飛来して、爆弾を投下しています。東京などでは防空演習の最中で空襲警報のサイレンすら鳴らしていなかったとのこと、爆弾を落とされて初めて気が付いたとか。

5月12日に、アリューシャン列島の北の守りアッツ島には大量のアメリカ軍が上陸して、守備隊員はは全員戦死をしています。

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