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2013年3月29日 (金)

学童疎開始まる

Img_0337学童疎開の生徒たち(クリックで拡大

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昭和18年8月の閣議で、空襲の被害から都会地の学童たちを守るために学校毎に指定された疎開地への移転を指示して、空き地になった場所を食糧増産に役立てることを提案しています。

東京では、8月から学童疎開の第一陣が出発していますが、対象は3年生以上の生徒で上板橋の5校が群馬県妙義町へ向かったと言われています。

対象となった都市は、東京都の区部、横浜、川崎、大阪、神戸、名古屋などの中心地から始まり、昭和20年には低学年生にまで及び、その数は45万人にも達したと言う記録もあります。

指定された疎開地(年寄り男性と留守を守る女性たち)では、その受け入れに苦労したようで、上の写真のように大きなお寺の広間(あるいは旅館など)を開放して、昼間は教室、夜は寝具を敷き詰め、生徒たちは毎日不自由さと寂しさに耐えていました。

ここに動員された先生もほとんど単身赴任で(複数の学級を受け持つ)一人が個々の生徒たちの面倒を見ることは不可能でした。家からの便りも次第に少なくなって空襲などで自分の家族に異変があっても、戦争が終わって自分の住んでいた場所に戻るまで知ることが出来なかった児童もいたようです。


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