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2013年3月17日 (日)

勝鬨橋は昭和15年に完成。

Img_0299隅田川に勝鬨橋完成(クリックで拡大)

明治38年に日露戦争で旅順港を占拠した時に、月島に行くために隅田川を渡る「勝鬨の渡し」が開業しました。人や自転車だけでなく車も乗れる大きな蒸気船だったようです。

対岸には石川島播磨造船所があって大型船も上り下りするため橋をかけることが困難でした。

昭和8年になって、中央に開閉式の構造を持つ勝鬨橋の工事が計画され、昭和15年の2600年祭典に間に合うように進められました。

通常「跳ね橋」と言われる開閉式の構造は日本では初めてで、重さ40トンの戦車に耐えられる構造と、中央に路面電車の往復のレールや電柱を敷設、鉄骨材料が不足している時期に市民のお釜、鉄瓶、自転車までも徴収して完成させました。

中間の接合部には太いロックピンを数本通して、大型車両が通過してもスムーズに流れるように、世界の橋梁設計者が協力したと言われています。

開通されるやいなや、日本中から見学者が殺到、遊覧船は1日3回の開閉時間に合わせて運行スケジュールを組みました。

しかし、戦争が熾烈化してくると、見学用の開閉回数も激減して、路面電車の利用も延期されて実現したのは戦後になりました。

造船所の大型船の建造も減り、昭和45年には勝鬨橋を通る車が激増して橋の開閉は取りやめ、中央のロックピンは固定されました。

映画「ゴジラ」や「日本沈没」では、東京タワーも入れたミニチュアセットが組まれて、迫力あるシーンが作られ人気を呼びました。

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