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2013年2月 9日 (土)

後楽園球場(現在の東京ドーム)

Img_0272後楽園球場(クリックで拡大)

昭和11年に、日本にプロ野球(当時は職業野球)がスタートしていますが、次第にファンの数も増えて、昭和12年に東京に専用の野球場が完成します。

当初は内野席が23,000人、外野席15,000人でしたが、昭和62年の時点では4万人を超える収容人員になっており、昭和63年に隣に新設した時の東京ドームでは5万人以上になっています。

オープン時の正式名称は後楽園スタジアムと言い、野球以外のスポーツ、プロボクシング、スキー、モータースポーツや、内外アーチストのフェスティバル・ジョイントコンサートなども開催しています。戦後、東京ドームになってからは、グランドをいっぱいに使った催し物や、展示会にも使用される多機能向け会場にもなっています。

特に、戦争中に両国の国技館を軍に接収されて、青空が見える土俵(屋根は応急的に作られた)で取り組みをしたことはいまだに語り草になっています。その時、横綱を務めたのが双葉山、羽黒山、安芸の海、照国だったとか。

戦争末期には球場がそのまま軍に接収され、グラウンドでは土を耕して芋やトウモロコシを作ったり、高射砲の陣地にも使われました。

東京ドームは昭和63年に完成して、愛称を「ビックエッグ(巨大な卵)」と呼んだのは、屋根を空気膜構造にしてドーム内の空気圧を0/3%外気圧高める設計になっており、まったく柱が一本も立たない空間で支えられています。

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