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2013年2月 6日 (水)

京浜国道の誕生

Img_0258現在の第一京浜・国道15号(クリックで拡大)

昭和2年に東京の道路計画が立案されて、昭和9年に国道1号として建設を計画されたのがいわゆる「国道36号線」で、東京から横浜までの京浜国道です。

上の航空写真はその一部で中央の太い道路です。上部で京浜急行線と交差しています。その頃は国家事業の一つになっていて、軍部から緊急の場合は飛行機(当時のプロペラ機)が着陸できるようにとの要請があって、両側に電柱を立てないようにと指示されましたが、そのために使われることはなかったようです。

左に見える海岸線は東京湾でまだ勝島(現在の大井競馬場などがある)埋め立て地がない頃です。京浜線のガードの手前にあるのが立会川駅、昭和初期の家並(町工場)が密集している様子がよくわかります。画面に見えませんが、さらに右に東海道線が通っていて京浜急行線と並んで六郷橋の上流を渡っています。

戦後、「道路法」の改正によってこの道路は第一京浜と一級国道15号の二つの呼び方が生じますが、昭和40年以降は一級、二級の呼称をやめて国道15号といわれることになります。

昭和27年に多摩川大橋が開通、東京都中央区(渋谷を経由)から大阪市北区までを国道1号(旧東海道)として指定、東京‐横浜間を第二京浜国道と呼んで区別をしています。


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