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2013年2月12日 (火)

神風号とニッポン号

Img_0270話題になった神風号とニッポン号(クリックで拡大)

昭和10年頃までの飛行機は翼が二枚(水上飛行機)から一枚になった時代で、一般の人たちが実際に飛んでいる飛行機の姿はビラを撒いてくれる時にしか見ることが出来ませんでした。(蛇足ですがその頃の飛行機は軽くするために木製の骨組みにカンバスを張った機体が使われていた)

そのため、小学校では飛行機の爆音が聞こえてくると授業をやめて窓から首を出して一斉に手を振って叫んでも先生は無理に止めることはありませんでした。

昭和12年に朝日新聞の「神風号(陸軍の偵察機を改良した)」が東京の立川飛行場を飛び立ってイギリスのロンドン飛行場までを飛んだことは世界的な飛行記録として大歓迎になりました。

「神風」と言うとその後の戦争にに活躍した特攻隊の戦闘機を連想しますが、その頃は、日本人挙げての話題となった出来事です。

この2年後、大毎東日新聞社(後の毎日新聞)が飛行機による世界一周計画を立てて、日本海軍で試作中の96式攻撃機(双発機)を改良して「ニッポン号」と命名、燃料タンクを増設、羽田飛行場から千歳空港を経由して世界の国々を回る親善飛行に飛び立ちました。そして、未着陸国を含めて36ヶ国を訪問、5万キロ以上を飛んで無事帰還しています。

いずれも、日本の航空機史上に快挙として残す名誉な記録でしたが、その後の戦争という未曽有の出来事に巻き込まれて消えてしまいました。

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