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2013年2月10日 (日)

日本独特の下駄文化から脱却

Img_0273女物の下駄(クリックで拡大)

日本では昔から外出の時は下駄(あるいは草履)を履いて出かけました。それは生れてよちよち歩きが始まるとすぐ与えられ、年齢と共に足の大きさに合う履物が用意されました。

上の図は、東京を中心とした女性の履物をまとめてみました。それぞれに呼び方がありますが、昭和時代になって大きく変化して来ました。これは、履物に限らず、衣類、帽子、持ち物、生活様式なども洋式文化と共に代わって現在に至っています。

特に顕著な変わり方をしたのは戦争が終わって、それまでの長屋生活から団地生活に移った時点で、毎日の暮らし方が大きく変化をしました。

さらに顕著なことは、鍋・釜・盥(たらい)が中心だった炊事・洗濯から電化機器への移行で、その境目が昭和30年頃です。

この「昭和のクリップさん」もいよいよ、戦争時代へ突入します。当時生きて来た人たちがどのような体験をしてきたかを、少しずつ紹介して行きます。興味がない方、避けて通りたい方は少しの期間素通りしてください。

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