« 日本独特の下駄文化から脱却 | トップページ | 神風号とニッポン号 »

2013年2月11日 (月)

日本最初のプラネタリウム

Img_0269当時のプラネタリウムとドーム(クリックで拡大)

昭和12年に旧大阪市立電気科学館内に日本で最初のプラネタリウム(ドイツ・カールツァイス社製)が完成しました。大きな球形の投影機2個を支えるアームが中央にあり、直径18mの半球型のスクリーンを見上げるように、後ろに倒れる椅子席が並んでいます。投影できる天体の数はおよそ9000個(当時)、オペレーターの操作によって満点の星空が映し出されます。

地球の自転、公転を自由に移動して、北半球から南半球までを投影、太陽が西空の地平線に沈んで、満天の星のきらめきが頭上に輝いた時、一瞬のどよめきが起こりました。

毎日、その位置を変える惑星たちの動き、過去から未来への星座の変化、突然現れる彗星や流れ星の神秘(現在では人工衛星も)、それらは操作盤を操るオペレーターの指先によってで宇宙の彼方に連れて行ってくれます。

当時は、マイクはありましたがテープレコーダーがなく、映し出される星の一つ一つの動きまで、オペレーターが操作盤を操りながら解説をして行くと言う一人何役かをこなすテクニックは場内が明るくなった瞬間に大きな拍手になって盛り上がりました。

その後、東京にもプラネタリウムが設置されましたが、空襲で焼失、昭和30年代になって渋谷の文化会館に設けられましたが、美しい音楽に乗って語られる説明はマイクを通しての生の声でした。

現在では、人工衛星などの宇宙ブームで、80年を経たプラネタリウムの人気はますます高まっています。


« 日本独特の下駄文化から脱却 | トップページ | 神風号とニッポン号 »

趣味」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/566220/56741275

この記事へのトラックバック一覧です: 日本最初のプラネタリウム:

« 日本独特の下駄文化から脱却 | トップページ | 神風号とニッポン号 »