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2013年2月22日 (金)

国民服ともんぺか゜標準服になる

Img_0268戦争中の標準服(クリックで拡大)

国民の生活が次第に戦時色に傾いて来るとそれまでの背広やスカートのスーツ姿が戦争にそぐわないとして陸海軍による「国民服令」が制定され、それまでの任意の色やスタイルが統一されることになります。

標準服として青年男子はカーキ色の国民服、女子はもんぺ姿(紺色系の)以外は着られなくなります。上の右下の切手はその例で、仕事をする時は通常の作業服でもいいわけですが、正式な場所に出る時は国民服ともんぺ姿でなければその場で注意を受けます。

国民服はカーキ色(陸軍の軍服の色)が指定され、それ以外の色は着られません。女子は紺色系のもんぺであれば小さな柄があっても許され、おばぁさんや母親の着物を犠牲にしてもんぺに仕立てていました。

特に女性にはスカート(もちろん着物も)が許されず外出する時は必ずもんぺでしたが、軍需工場に動員された女子挺身隊たちは下はもんぺでも、上衣はセーラー服で女性の意志を貫き、鉢巻をしてても三つ編みやお下げ髪を守り通しました。

また、成人した女性たちは強制的に一日入隊をして軍事教練(上の写真)を受けなければならず、日本が必ず勝つと信じて頑張っていました。

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