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2013年1月 8日 (火)

東京音頭が大フィーバーに・・・・・。

Img_0186東京音頭は現在でも? (クリックで拡大)

原曲は昭和7年に作られた「丸の内音頭」で日比谷公園の広場に櫓を組んで盆踊りスタイルで行われましたが、デパートの宣伝もあってそれほど人気がなかったようです。その翌年、東京市民が歌って踊れるように作り直して「東京音頭」が生れました。

その出だしが「はあー」と言う「鹿児島おわら節」の借り物で、思わず踊りたくなるメロディーだったこともあって、その頃の流行だった民謡ブームの影響もあって日本中に広がりました。

当時のレコード化された地方の民謡を下記に挙げて見ましたが、どれも日本人の心に響くものでした。しかし、泥沼化する戦争の中で歌も踊りも次第に影をひそめて行くことになります。

戦後、解放された日本人が浮かれているこれらの民謡にGHQがマークして、軍歌でもないのに目をつけられたというエピソードもあります。昭和30年頃作られたジェームズ・ボンドの映画「007シリーズ」のテーマ曲にいきなり鹿児島おわら節のメロディーが飛び出すことで驚いた人もいたようです。

現在でも、東京ヤクルトスワローズのファンがビニール傘をふりかざして「東京音頭」を応援歌にしていました。

 当時、レコード化された民謡の代表的なものを列記してみました。

  鹿児島小原節  島根県安木節 群馬県草津節 石川県山中節

  新潟県佐渡おけさ 群馬県八木節 など


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