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2013年1月16日 (水)

省線電車の変遷

Img_0208省線電車の例

「省線電車」と聞いて60歳以上の皆さんには懐かしさを感じると思いますが、決してデザインが良いと言うものではありませんが、1度や2度は乗ったこともあるでしょう。

東京に初めてSLが走ったのは明治時代で、それが電車に代わったのが明治の末期、甲武鉄道に屋根に2本のポールがあり、水道橋から中野間を走って中央線と言いました。

そして品川ー新宿ー池袋ー田端間を走っている線路を山手線と呼ばれ、新宿がクロスする駅になっていました。当時、国有鉄道の線路は鉄道院の管理下にありましたから「院線」と言われました。

そして、大正9年に鉄道省が発足して「省線」と呼ばれることになりますが、その発祥は昭和7年に大阪・淀川電車庫の創設事に始まったと言われています。

昭和になって環状線が完成、中央線が東京駅や総武線に接続して東京市民に愛される電車になりました。

戦争中、兵器に使う金属類が不足して、電車にも木製部分が使われるになり戦後もそのまま使用していたために昭和26年に「桜木町事故」が発生しました。架線が切れて先頭の車両に接触、その火花で車両が燃え上がり、多くの犠牲者が出ました。

この事故の教訓から、非常時にドアが手で開けられる「非常コック」が明示され、車両間の連絡通路が設置されました。

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