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2013年1月25日 (金)

ナンバープレートが必要だった自転車

Img_0235自転車にはナンバープレートがついた(クリックで拡大)

昭和初期には自転車にナンバープレートがないと走れませんでした。

当時の自転車は輸入品と日本製がありましたが、ほとんど海外のメーカーと技術提携していましたから、値段に大きな開きはありません。後ろに荷台が付いたものに人気があり、50~60円が相場で、ロードレーサー用のローハンドルタイムも50円クラスからありました。

また、子供用、婦人用も用意されており、年齢に応じたタイヤが14インチから22インチまで(15円台から)年齢に合わせたサイズも売っていました。

自転車のカタログを見ますと必ず「木箱入り」と書かれていまして、気に入ったからお金を払ってそのまま家まで乗って行くわけには行きません。まず、近くの役所に自転車を買ったという手続きをして税金を払います。それと引き換えにナンバープレートが渡され、家に帰って配達された梱包をほどき、自分でナンバープレートを自転車の後輪カバー(写真参照)に取り付けます。

そこで初めて自分の自転車に乗ることができますが、いろいろな制約があって場合によっては罰金を払わなくてはいけません。

その例としては、路上に無断で置かないこと。つまり他人の家の前や人通りの邪魔になるところには置くな。それは自分の家であっても軒下あるいは無理に狭い玄関の中に入れること。そして、駅の周辺には駐輪場はありませんから、自転車を買ったら家から仕事場まで乗って行き、その会社や工場の敷地の中に置いて鍵をかけます。夜間は必ず電灯を点けて走ること。これは警官がチェックしてその場で自転車を没収されます。などなど、挙げればきりがありませんが、かなり厳しかったようです。

自転車を持つ理由は、通勤のため(当時は通勤費は自弁だった)、大型の荷台をつけて簡単な荷物運び業、リヤカーを後ろにとりつけて小荷物運送業(引越荷物など)、時には急病人を医者に運ぶ事もありました。

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