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2013年1月 5日 (土)

4000人の大劇場「日本劇場」

Img_0181完成した日本劇場

昭和8年、有楽町駅前に4,000人の収容客数を持つ日本劇場が完成しました。

客席数は1階1,060人、2階540人、3階463人で、両壁面にはロイヤルボックス(貴賓席)が10個設けられ、立ち見客の収容を含めて約4,000人と言われ当初は「陸の竜宮」とも呼ばれたようです。

毎年、春、夏、秋の三大イベントは大好評で日劇ダンシングチームのステージ一杯のラインダンスは迫力があり、地階の一部は彼女たちの控えの場にあてられた時期もありました。

特に戦時中の李香蘭(現山口淑子)のステージ「支那の夜」は劇場を7回り半の観客が取り巻いたことが話題に残っています。

戦争が激化して、広い劇場内ではアメリカの本土攻撃のための「風船爆弾」の作業場に使われ大勢の女学生が動員されました。

戦後、5階の小劇場は日劇ミュージックホールとしてストリップダンサーが見られるショーの場になりましたが、大ステージではエノケン一座などの活躍の場として大勢の観客を楽しませてくれました。

地階は、ニュース専門の映画館や寄席劇場になったこともありましたが、昭和56年に閉館、全館が取り壊されています。

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