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2013年1月 3日 (木)

あん蜜が13銭の頃

Img_0180あん蜜のサンプルの例(現在のもの)

いわゆる「蜜豆(みつまめ)」は、江戸時代の末期にあったと言われており、当時のおしんこ細工屋がおしんこで作った小さな舟の上にえんどう豆などを入れて蜜をかけて子供のお菓子として売っていたようです。

この時は寒天は入っておらず、寒天の角切りと杏子(あんず)の実をまぜたいわゆる「密豆」は浅草の「今半」が最初で、その上にあんころを乗せた「あん蜜」が13銭で売り出されたのが、昭和の初めでした。

その頃は、もりそば(かけそば)が10銭、お汁粉が20銭、天丼40銭ほどでしたから、子供のおやつとしては高級品で甘党の大人の趣向品として食べられました。

世の中が戦時色濃厚になってくると贅沢品として白い目で見られるようになり、戦後昭和30年頃に出回るようになって、白玉あんみつ、フルーツあんみつ、クリームあんみつなどが登場、値段も50円から300円(昭和50年)になり,その人気は衰えることはありませんでした。

      (写真は「今半」のサンプルをお借りしました クリックで拡大)


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