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2012年12月 3日 (月)

割烹着は昭和の母親の想い出。

Img_0128割烹着は母親の仕事着。

日本に「割烹着(かっぽうぎ)」が登場するのは明治末期で、良家の奥様方に料理を教える赤堀料理教室の先生が思いつきました。

着物の上からすっぽりと羽織り、後ろでしばってたもとをまとめ、手首にゴムひもを入れて動きやすくしたスタイルは評判がよく、最初は、教室に通う生徒が使っていましたが、その作り方が型紙と共に婦人雑誌に掲載され、全国的な主婦の作業着になってそのまま和服の上に来て外出するファッションになりました。

昭和の初期になると、戦時色が濃厚になって華美な着物の色や柄を隠すために着る女性も増えました。それが、「大日本国防婦人会」のユニホームにも拡がりますが、一般のお母さんの仕事着としても定着して行きます。

朝暗いうちに起きて朝餉の支度をし、冬の寒いさなかで洗濯、そして暗い電気の下で夜なべをする母親の姿は、割烹着とともに常に子供たちの心の中に生涯残っています。

とりわけ、日の丸と歓呼の声に送られて出征して行く若者の眼には母の顔とともに重なって一際強く焼き付き、毎夜夢の中に現れて来ました。

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