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2012年12月 1日 (土)

街頭の商売のいろいろ

Img_0123昭和初期の代表的な商売(クリックで拡大)

大正から昭和にかけて、朝早くから真夜中までさまざまな商売が出歩いて、その日暮らしの生活をしていました。

上の写真は、夏の川岸でさまざな風鈴を担いで売っている様子で、この音を聞くだけで「風鈴屋」であることが誰にでもわかります。2,3個売れるとゆっくり移動して涼しげな音色を響かせて行きます。多くの場合、冬になると「石焼きいも屋」に代わり、問屋で道具一切を借りて夜中いっぱい「石芋ぉぉ、ほっかふかだょ」などと車を引いて歩きます。

下の写真は歯がすり減った高下駄などの交換をしてくれる「下駄の歯入れ屋」で、長屋などを回って「歯入れ屋でごさいます」と声をかけて回ります。一軒声がかかると道具を並べて仕事を始めますが、その音で近くのお客さんが持ち寄ってきます。高下駄は足駄とも呼ばれ、台板の裏の溝に打ち込んである刃を抜いて注文の高さの刃に入れ替えてくれます。普通の下駄でもすり減った歯の高さを揃えてくれます。

これとは別に「でいでい」と言う雪駄(せったという雪道用の草履)直しの専門職人もいて滑らないように金具をつけるなど特に冬になると繁盛しました。

「鋳掛(いかけ)屋ゃぁぁぁ・・鋳掛」と回ってくるのが釜、鍋、やかんなどの孔ふさぎで、かなり大きな穴でも銅板とバーナーで平らにふさいでくれます。サービスで刃物を扱う職人もいて、包丁なども研いでくれます。本業の職人は「はさみ、ほうちょう、カミソリ研ぎ」と呼び声が変わります。

その他、張り板(洗い張り用)屋、富山の薬売り、毒けし(どっけしとなまる)屋、「オイッチニの薬屋」、「竹やぁぁ、さお竹ぇぇぇ」など、さまさ゛まの呼び声が長屋の奥まで響き渡りました。

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