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2012年11月 6日 (火)

日本人の発明、和文タイプライターと謄写版

Img_0089和文タイプと謄写版の例

大正の末期から昭和の中頃にかけて、女性の職業として主流になった事務用機器の代表は和文タイプライターと謄写版でした。

英文タイプライターは明治時代の途中から日本のビジネス界に入って来て、商社などでは日常的に使われていましたが、和文のタイプライターは漢字の数が多く 大正時代になって杉本京太が初めて完成しました。日常的に使われる漢字だけでも2000字を越え、漢字の活字を一字々々拾い上げて文章を作り上げて行くテクニックは根気と熟練を重ねて行かなければ簡単に使えるものではありませんでした。

この難物を使いこなしたのは、忍耐と努力で鍛えられた日本女性の得意技でした。街中にはタイプライター養成所が出現して、技術を習得した卒業生はかなりの高給で引く手あまた、特に公文書を正しく打てるようになるにはそれなりの知識と経験が必要でした。パチパチと叩く音は事務所内に響き、かなりの騒音になりましたから、会社によってはわざわざ「タイプ専用室」を設けました。

タイプライターとともに、会社や学校で活躍したのが「謄写版」で通称ガリ版と呼ばれ、明治27年に堀井新治郎父子によって発明、最初は誰でも鉄筆を使って書いていましたが、次第に熟練した女性たちの手によって書く筆耕技術が進歩して、作成枚数が少ないパンフレットなどの印刷物を造り上げるレベルまで到達しました。

和文タイプと謄写版は昭和50年頃まで使われていましたが、写植技術の登場によって姿を消すことになります。

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