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2012年11月22日 (木)

昭和初期の木のおもちゃ

Img_0112代表的な木のおもちゃの例

江戸時代から、子供たちの間で遊ばれてきたおもちゃは素材が 紙、木、粘土などが主で、お正月の凧や双六、羽子板のように、特定の季節に限定するものもありますが、コマ、積木、お面などのように、一年中遊ぶおもちゃの方が種類が多く、人気がありました。

木製品の代表的なものにこけし人形や木馬、お面などがありますが、地域ごとに少しずつ変化して、今では民芸品として親しまれているものが全国に存在しています。

写真中央の「だるま落とし」は大小の差はありますが、全国的なお土産品として人気がありました。

左の「器械体操」は小学校の体操に鉄棒が採り入れられてから、広まったようで、ルーツは鉄製のものが日本に入ってきてから普及したようです。

日本独自のおもちゃの代表は右内側の「けん玉」です。江戸時代に酒宴の場で大人が遊んだのがルーツのようで、小さな玉を猪口で受けて遊んでいたのが変化して、孔のある木のボールを糸で結んで剣先で受けたのが始まりとか(左)。

「けん玉」は、明治の始めに小学校の体操の教科としてバランス感覚を養うことが目的で用いられました。それが、大正8年に広島の江草某が大皿と小皿を両側につけて「日月ボール」と言って売り出して子供たちの人気が集まりました(右)。これは、自主的に運動神経を鍛えるために小学校でも奨励して、休み時間に持ち込んで遊ぶことが許されました。当時、いろいろな変化技が考えられて競い合いましたが、昭和30年ごろから復活して全国的な競技になっています。

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