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2012年11月 5日 (月)

電話交換手は女性のあこがれの職業だった

Img_0087公衆電話はダイヤル式になった昭和始め

日本に初めて電話交換手が現れたのは明治20年頃で、標準語がきちっと喋れて、教養がある良家の子女を集めるのに苦労をしたようで9人が任務につて3人交代で交換台に並びました。当初は、送り迎えに人力車を使い、夜間は男子学生らに代わりましたが、言葉遣いが荒っぽくしばしば喧嘩もあったとか。

明治40年頃には全国の電話の加入者が18万を超え、手動式電話機では対応できず、東京を皮切りに昭和の時代になるとダイヤル式電話機に置き換えて行きました。

最初(明治時代)は六角形だった公衆電話ボックスが左上の写真のようなグレーのスタイルになって、街の話題になりました。

戦争が激しくなって男子が次々に召集され、女子交換手も夜勤勤務を強いられて行きますが、電話回線を守ることが"国土防衛を果たす"と言うスローガンに置き換えられて、空襲のさなかでも交換台を離れなかったことが美談になったこともありました。


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