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2012年11月30日 (金)

昭和初期の交通信号機

Img_0122東京・銀座交差点にあった交通信号機

道路を行き交うクルマが少ないときは、交通巡査が交差点の中央に立ってて白い軍手をはめ、「ピリピリ」と鋭い音がする笛を吹いて、クルマを誘導していましたが、縦横のクルマが増えてくると、一旦止めてぶつからないように指導をします。

縦に走る車゛と横に走る車の量は時間によって大きく差が出てきます。そこで登場したのが写真左の信号機で、手元のハンドルの操作で時間を調整できます。窓に「ススメ」「トマレ」「チュウイ」の文字が窓が出ますが、文字が小さいため見にくいことと、太陽に反射するため、右のような看板になりました。これは現在両国の江戸東京博物館にありますが、現在の電球点滅式に比べるとかなり大きな円板です。さらに時代が進むと、交差点の電球式信号機が四隅に方向別に取り付けられてかなり見やすくなりました。

この円板を見ると誰が見てもススメは緑色をしています。戦後の小学校で教えられた時も、ミドリはGOでした。

ところが、誰が言い出したのか定かではありませんが、ススメの信号は「青」だと言う人が増えて新聞紙上で問題になりました。世界の辞典などを見ると諸外国では緑色に印刷されており、鉄道信号(手旗信号も)では緑色です。

日本には、昔から「目に青葉 山ホトトギス・・・・」などとと、緑を青という習慣ががあり、「広々としてた青い草原」「青い麦」「青い野菜」などと言われて来ました。今更、目くじらを立てるような問題ではないのかも???。

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