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2012年9月24日 (月)

現在も残っている「幸福駅」

Img_0005広尾線は廃止されたが駅舎だけが残っている

昭和62年、北海道広尾線は廃止され線路も駅ホームもなくなりましたが、幸福駅の駅舎だけは残っており、現在でも訪れて思いを残すカップルが後を絶ちません、

この駅は、明治30年頃福井県から集団移住して来た人たちが寒い原野を懸命に耕して作物を作った農地で当初は幸震(こうしん)と言いましたが、福井の一字をとって「幸福」と改められました。

折からのNHKの「新日本紀行(その頃はモノクロ)」の中で「幸福への旅」として取り上げられ、ちょうど帯広寄りにあった「愛国」という駅名と組み合わせて紹介されました。さらに「愛の国から幸福へ」という歌が作られ、日本中に広がりました。

広尾線の始発駅だった帯広駅に「愛国から幸福行き」の切符(上記写真)の注文が殺到して、その年に1000万枚も売れたと言われています。当然、幸福駅を訪れるカップルも増えて、駅舎には思い出の紙片がところ狭しと貼られました。

今では、レールも外されてポツンと駅舎だけが残されています。

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