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2012年9月 8日 (土)

日本語ワープロの発達史

Img_0066シャープの「日本語のはワープロ WD-500」

日本にはっきりした形で日本語ワープロ」が出現したのは東芝の「WD-10」で、1978年(昭和53年)、キーボード入力、24ドットながら、表示機能を備えたプリンターを持っており、総重量180kg、価格は630万円でした。期せずしてこの日(9月26日)を「ワープロの日」と命名されました。翌年、シャープから発表された「書院」は重さ80kg、価格は295万円になりました。

英文ワープロがすでに実用化されているのに日本語ワープロが苦戦をしていたのは膨大な活字の種類(画数)への対応でした。これにはマイクロプロセッサーの能力アップに依存するところが大きく、現在のコンピューターの機能アップに寄与することになります。

昭和55(1980)年台になりますと数社から日本語ワープロが次々に発表されて「親指シフト」を採用した富士通などが群を抜く勢いでした。

シャープでは昭和59年に初の32ドット熱転写プリンターが搭載された「WD-500」(上記写真)を33万円で発売、これを頂点として10万円を割る日本語ワープロ時代へと入りました。さらに昭和期を境として日本語ワープロもパソコンへの搭載が積極的に進められて行くことになります。

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