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2012年7月 7日 (土)

霞が関ビルを抜いた新宿・京王プラザホテル

Img_0043 西新宿の京王プラザビルの外観

前回(6/25)、霞が関ビルを日本で最高のビルと紹介しましたが、昭和46年に抜かれて、ビルの建築ラッシュが始まりました。その先鞭を切ったのが写真の京王プラザホテルでした。

新宿は、戦後の屈指の繁華街の一つで、東口が表玄関になっていました。それまでは西口一帯に東京の飲料水を確保するために淀橋浄水場があって寂しい場所でした。歌川広重の描いた「名所江戸百景」として、十二社(じゅうにそう)池が有名でした。

それが、昭和45年に西新宿と変わり、新宿の副都心計画が始まり、広い浄水場が東村山市に移され、京王プラザビルをスタートに次々と高層ビルが計画されました。京王プラザホテルは高さ178m(地上47階 地下3階)と霞が関ビルを抜きましたが、3年後に新宿住友ビルに抜かれました。

そして、平成3年に東京都庁舎(48階 243m)が千代田区丸の内から移転、次々と林立するビル群を見下ろすことになりました。主なものを挙げて見ると次のようになります。

新宿住友ビル(その形から通称住友三角ビル) 52階 178m

新宿三井ビル  55階 225m

東京オペラシティー 54階 234m

新宿センタービル 54階 223m


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