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2012年6月17日 (日)

家庭用電話機の流れ

Img_0032左:3号型 中央:600形 右:プッシュホン

一般家庭用に電話機が入るのは昭和10年頃で写真の3号型は主として会社や商店の事務室などに入っていました。昭和30年台になってもそのまま住宅用として使われていましたが、一時期改良して4号型になり、昭和40年頃から写真中央のスマートなデザインの600形になって、一般家庭にも使われるようになりました。これは、東京オリンピックを開催することから感度と明瞭度を向上させて日本の電話機の質がいいことをアピールするためにも必要でした。

その頃は、住宅用に申し込んでも半年ぐらい待たされた挙句、電話債券を買わされるというおまけがついて来ました。都会地にはマンションと呼ばれる高級住宅や団地建設がラッシュで電話回線の増設が急務でした。

さらに、以前(4/12付)に紹介した赤電話機が市外通話にも使えるようになって電話機の需要が高まり、オフィスの中で数台の電話機の間で自由に交換作業ができるプッシュホン(写真右)が昭和44年に出現します。当初は、トーン信号を利用していろいろな計算サービスをできるようにしましたが、並行して電卓が急速に進歩して、その必要はなくなりました。

昭和43年には、ポケットベルが登場して、外出中の社員を呼び出す機能を持たせましたが、昭和45年に大阪で開催された日本万国博の会場にはワイヤレス電話機も実用になって新しい機能を持つ電話機へと進化して行きました。


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