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2012年6月25日 (月)

日本で最初の超高層ビル「霞が関ビルディング」

Img_0018建造当時の霞が関ビル

昭和43年に日本で最初に建てられた超高層ビルが「霞が関ビル」でした。

その頃、東京市内にあった高い建造物は愛宕山の上に建てられたNHKラジオの放送用アンテナで、これは、東京市内で一番高い山であり、その頂上に上がると関東平野が一望に見られ名所でした。それでもアンテナの鉄塔まで入れて標高100mに足りない高さでした。

計画当初は、市街地建築物法などにより、31mまでと言う高さ制限がありました。これは尺貫法の百尺規制によるもので、昭和37年にこの高さ制限が撤廃されました。

そこで、設計を再検討して高さ147mのビルの完成を見ました。しかし、この高さは日本の建築史上初めての試みで、地震国、台風国日本としての基準をどこに定めればいいのか、慎重な検討からスタートしました。

その結果、地上高147m、地下3階,地上36階の鉄骨構造のビルが完成しました。当然ながら、最上階には展望室が設けられ、直通のエレベーターが連日見学者を運びました。

完成したビルの容積は約50万立方mと算出され、大きな容積を想定する尺度として「霞が関ビル何杯分」などと言われました。

参考までに、大正12年に竣工した東京駅前の丸の内ビル(初代)は地下1階、地上9階でその年の関東大震災に、周囲のビルが倒壊したのに、丸ビルは健在で避難者たちの救護所として活用されたと伝えられています。


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