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2012年5月18日 (金)

「ボンナイフ」の普及(少年たちにナイフを持たせないために)

Img_0107ボンナイフの例

昭和35年10月12日、当時の社会党浅沼稲次郎委員長が演説会で突然壇上に駆け上がった右翼少年の持つ刃物で刺殺されました。これは衝撃的な大事件として社会問題になりました。

その結果、少年たちにナイフなどの刃物を持たせないために鉛筆削り用の危険な道具の使用を禁止ました。

上の写真は、当時学校で使用していたナイフの例ですが、左の2つは「肥後守(ひごのかみ)」と言う大正時代から昭和20年頃まで学生たちが学校で使っていた折りたたみ式ナイフで、男女のほとんどが使っていました。戦争が激しくなって、金属が不足すると回収されて鉛筆を削るのに苦労しました。戦後は、手で回す鉛筆削り器が普及しますが、ほとんどの学生は工作をするために刃がついた小刀などを持っており、鉛筆にも使っていました。

それが、上記の事件から持つことが禁止され、カミソリの刃を使用する「ボンナイフ(中央から右)」が普及しました。

中央の2つはシガーカット(葉巻たばこの先端を切る道具)をまねたボンナイフでかなりいろいろなデザインのものが出回りました。右端のは赤い柄の部分を折りたたむと刃が隠れて安全な状態になります。

やがて、電動式の鉛筆削り器も普及しますが、消しゴムの半分ほどの大きさで鉛筆の先を入れて回すと削れる携帯型も使われました。

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