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2012年5月24日 (木)

ワンマン運転の始まり

Img_0118都営バスで使用したワンマンバスの例

「東京のバスガール」などで知られる乗合バスの女性車掌は大正時代からあって利用者には人気がありました。戦時中は男性が少なくなって女性がハンドルを握った時代もありましたが、戦後も大都市では昭和30年代にまで活躍していました。

労働基準法によって女性車掌の深夜勤務が制限を受けて、昭和26年頃から大阪市内のの一部の区間にワンマンバスが走った記録がありますが、昭和35年以降になると大都市の路線電車にも導入され、さらには一般の鉄道にも全国的に拡がりました。

東京で採り入れられたのは昭和40年の1区間20円になった年からです。上の写真はその時の第一号車でリアエンジンになって運転手の全面視野が広くなったのが特徴です。(写真は「都営バスのあゆみ」より)

運転手は、バス停に停まると乗客のための後部ドアを開けると同時に前のドアを開け、乗車賃を受け取りながら、お釣りを出さなくてはなりません。当初はマイクがありませんから大声で怒鳴ったりしてお客との会話に苦労しました。

途中からマイクが採用されたり、8トラックのテーブレコーダーがバス停の案内をするようになって負担が軽減しました。

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