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2012年4月16日 (月)

テレビは「プロレス」、映画は「ゴジラ」

Img_0029「プロレス」「ゴジラ」ブーム

昭和のテレビ時代は「プロレス」からスタートしました。昭和29年2月19日、人々は街頭テレビに映し出されたプロレス中継にくぎ付けになりました。しかも、3夜連続の力道山対シャープ兄弟の世界タッグマッチ選手権は初めて見る日本人は寒さを忘れて立ち尽くしました。

昭和28年にテレビ放送が始まったものの1台10万円をはるかに超える受像機は、電気屋の店頭に並んでいる画面を見るだけ、子供たちは帰るのを忘れて見入りました。

日本テレビでは、送信用テレビアンテナを立ててなんとか関東地方に電波は届くようにしましたが、肝心の受像機が家庭にはなく、年内に新橋、新宿、上野駅前などに何十台かを設置するのがやっとでした。

昭和30年の新橋駅西口広場には「プロレス中継」を見るために1万人を超える人たちが立ち尽くしたほどでした。

昭和29年のもう一つ話題は映画「ゴジラ」でした。これはゴジラシリーズの第一作で、日本の怪獣もののルーツになる歴史的作品です。最初はモノクロで映写時間97分、画面も標準サイズでしたが、ビキニ環礁の海底に眠っていた原始時代の怪獣ゴジラが水爆実験で目を覚ましたと言う想定は子供たちだけではなく大人にも興味をそそるドラマでした。

その怪獣「ゴジラ」が東京に現れるとあっては是非もので、封切りとともに空前の大ヒットで封切館では2時間待ちとなりました。さらに「ゴジラの逆襲」など次々続編が造られ、海外にも輪が広がって行くことになります。

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