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2012年4月 5日 (木)

ホッチキスは100年前に使っていた

Img_0359明治36年に輸入されたホッチキス

現在では会社や学校だけでなく、日常的に家庭でも使われているホッチキスは明治の後期に伊藤喜商店(現イトーキ)に輸入されて、ステープラーと呼ばれていました。

その頃の官公庁の書類は和紙が使われて「こより」で綴じるのが正式でしたから、横文字の書類に使用されていたと思われます。ホッチキスと言うのは機関銃の発明者の名前と言う説もありますが、綴じるための刃をステープルと言い日本語では紙綴じ器と呼びました。

昭和に入って戦争になると金属の回収が盛んになって当然ステープルも不足して、使い道がなくなりました。戦争が終わって昭和21年に山田興業(現マックス)がホッチキスの製造を開始して簡単に片手で使えるホッチキス「SYC-10」を200円で発売しましたが、生活に追われていた市場にはすぐ受け入れてもらえなかったようです。

そして、昭和29年にマックスと言う社名の変更とともに写真下の「MAX-10」を発売しました。ステープラ → ホッチキス → マックスと呼び名を変えた紙綴じ器はその後デザインもカラフルになってオフイスでは1人1個が常識になり、一般家庭用から学用品にまで用途が広がり、「フラットリンチ」と言うスマートな仕上がりまでが考えられて日々進化して日常生活の必需品になりました。

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