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2012年3月11日 (日)

ボンネットバス

Img_0278_2大正と昭和初期のボンネットバスの例

大正時代には路面バスの車掌は電車と同じ男性でしたが、大正9年に東京市が37名の女性車掌を採用し、紺の制服に赤い襟をつけて「赤襟嬢」と呼ばれました。彼女たちが本領を発揮したのは関東大震災の時で、電車がほとんど破壊されて代わりのバスでお客を丁寧に誘導して評判になりました。写真上はその時の女性車掌とボンネットバスです。当時 、ボンネットバスには「円太郎バス」のニックネームがありましたが、これは「プカプカ」と言う警笛ラッパを鳴らして走った「円太郎馬車」の名残です。(バスには四つのタイヤに泥除けのブラシがあった) 当時の女性の職業として電話交換手とともに人気がありました。

昭和25年頃まではバスのエンジンが前にあるのが普通でしたが、その後エンジンが後ろになって区別するためにボンネットバス(旧式のイメージ)と呼ばれるようになりました。(写真下) その頃から大阪市で「ワンマンカー」が走るようになって乗合バスから女性車掌の姿がなくなりました。 

ボンネットバスが全盛の頃コロンビア・ローズの「東京のバスガール」が大ヒットしましたが、この歌詞には「ビルの街から山の手へ」と言うような部分があり、路線バスのイメージがありました。現在では日本中の観光バスのガイドさんの定番メニューになっています。

また、昭和16年に「秀子の車掌さん」という映画があり、デビューしたばかりの高峰秀子の人気が上りました。

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