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2012年2月 3日 (金)

千人針

Img_0195街頭(靖国神社)での千人針風景

上の写真は靖国神社の大鳥居の前で道行く女性たちに「千人針」の協力をお願いしているところで、下はその現物の例です。

自分の身内の男性に召集令状が来て2日後に(ほとんどがこのように短期間に)指定された場所に行かなければならない時、周りの女性たちが形見の杯の前にやらなければならないのがこの「千人針」作りでした。

木綿の晒し(布)に赤い丸印を千個並べて、裁縫箱にある赤い糸(この日のために必ず用意しておいた)を針に通して街頭に立ちます。そして、通りかかった女性に「お願いします」と丁寧に頭を下げて結び目を一つ作ってもらいます。ほとんどの女性はそれに応じて「ごくろうさまです」と言いながら作ってくれました。普通の人は一つですが、寅年の女性は自分の年の数だけ作ることができます。年配の人は自己申告してその数だけ結んでくれます。写真で見ると一つ一つが独立していますが、裏を見ると一本でつながっています。

「千人針」というものの結び玉が千個ですが、針は一本です。期間がほとんどないので千人分を集めるのは大変な作業です。朝から夕方までかかってもいっぱいにならない時もあったようです。

このような習慣は昭和になって盛んになったようで、家族らの願いを腹に巻いて戦地に赴きました。五銭貨幣や十銭貨幣を縫い込む人もあって(死線を越える、苦戦を越えるの意味)繁華街では積極的に集まったようです。

ところが、もらったご本人は家族の願いを大切にして実戦では肌身はなさず体に巻きつけているため、汚れてきたり、シラミの温床になって扱いに困るのがほとんどでした。遺骨とともに血が滲んだ千人針が返されて話は一つの美談であったのかもしれません。

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