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2012年1月30日 (月)

翼よ! あれが巴里の灯だ

Img_0185当時の九一式戦闘機(日本)

「翼よ あれが巴里の灯だ」は、1926年(昭和元年)に、アメリカの飛行士リンドパーグが世界で最初に単独でニューヨーク-パリ間を飛行機で飛んだ日で、その時の快挙を映画にして1957年(昭和34年)にアメリカと日本で上映され、話題になりました。その時の日本でのタイトルがこれです。

この映画にはいくつかのミステリアスな疑問が含まれています。その第一がこのタイトルです。オリジナルには「スピリット・オブ・セントルイス」とあり、映画の中でも彼のセリフにも入っておりません。(日本で上映された字幕にはあった?) 記録によれば、アメリカの飛行場を飛び立った彼はその前夜一睡もしていなかったとのこと、巴里を直前にして、半分眠っていたとか。飛行場に着いた時の第一声は「英語を話す方はいますか?」、そして「ここはフランスですか?」。

その次は、大西洋横断の快挙から50年も経てなぜこの映画が作られたのか? その後の飛行機の発達は急速で、終戦直前まで日本にも焼夷弾を積んだB29がサイパン島から編隊を組んでやって来ました。そして、この映画を上映した頃にはジェットエンジンで音速を記録する時代になっていました。それなのに、単発飛行機のドキュメント映画をわざわざ制作したのか? 上の写真は昭和初期の日本で作られた最新鋭戦闘機です。(総重量1・5t 航続時間約2時間 コックピットはなし)

この映画は2時間を超える大作です。そのほとんどの時間がスチュワート扮するリンドパーグとコックピットのシーンです。ワイルダー監督はこの単調な画面に一匹の蠅を飛ばしています。彼の頭の周りを飛ぶ蠅に最初は観客の笑い声が起こりますが、やがて次はどこに止まるのか、関心は蠅の動きに集中します。

昭和32年に日本で上映された時は、「キネマ旬報」の50人の評論家による洋画部門の評価では第3位になりました。(一位 道、二位 宿命、 四位 抵抗、 五位 戦場にかける橋。 参考 日本映画 一位 米、二位 純愛物語、三位 喜びも悲しみも幾歳月、四位 幕末太陽伝、五位 蜘蛛巣城)

リンドバーグは、1929年に結婚、1932年に息子ジュニアが誘拐され、10週間後に遺体で発見されています。(リンド・バーク愛児誘拐事件) 人工心臓(カレル・リンドバークポンプ)を共同で開発、晩年はハワイのマウイ島に住み72歳で死去しています。


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