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2012年1月 7日 (土)

昭和10年頃のお茶の水駅界隈

Img_0166 聖橋(ニコライ堂)と神保町通り

関東大震災の復興も落ち着いた頃の写真です。

上の写真は左が聖橋(ひじりばし)、右が国鉄お茶の水駅ホームでその上にニコライ堂が聳えていました。

ニコライ堂は明治24年に建てられ、聖橋は湯島にある湯島聖堂(孔子廟)とを結ぶ橋として昭和2年に建造、その頃のデートスポットになっています。、ニコライ堂を見上げる若い二人の目の前に秋葉原駅への大鉄橋があり、湯島天神もすぐ近くです。今ではビルが立ち並んでニコライ堂のドームすら見えません。聖橋の名は当時この周辺に住んでいた人たちの投票によって命名されました。

下の写真は駿河台下交差点辺りのビルから九段の方を見た風景で二本のポールを立てた路面電車が途切れることなく走っていた幹線道路です。

この辺りは江戸時代に神保小路と呼ばれ道幅がせまっかったため九段から延びていた「すずらん通り」(道路の左側)の方が賑わっていました。関東大震災後に道幅を広げ、両側に古書店が軒を並べこの様な街になりました。当時を知る人は一軒々々の店構えを見れば屋号を思い出すことでしょう。

線路の遥か彼方に見える小高い丘は靖国神社で、左は北の丸公園に続いています。かつては九段坂上に大きな照明設備(灯台)があって、夜になると神田から上野辺りまで照らしたとか。

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